THOUGHT
開発者の想い
【第4回 「ライフスタイルを変える力」。】
商品にはライフスタイルを創る力があります。だからこそ開発者は自分の商品の未来の責任と強い意志を持つべきです。
-
洗濯機の開発は洗濯のいらない衣類の発明に向かう
2000年9月、大勢のブレーンに支えられて、アーツブレインズ社をスタートします。
社名には「情熱と確信、反抗心と行動力」と言う思いを込めて、「歌舞(カブ)く」の意味をあてた『arts』と「応援してくれる仲間たち」 をイメージした『brains』という単語を合わせて『arts brains』という名前を選びました。 -
資金の無い商品開発
「洗濯機の開発は、洗濯の要らない衣類の発明に向かう」。これは私が好んで引用させてもらった言葉です。この言葉には、 開発の基本姿勢が集約されています。何の事か解らないと思いますので、まずは、洗濯機の開発事例についてご紹介しましょう。
戦前まで、洗濯と言えば、洗濯板と金だらいを使って手洗いするものでした。洗濯は主婦の労働の中でも大変時間がとられる重労働でしたから、 戦後に登場した電気洗濯機の普及は、主婦労働の軽減に大きく貢献しました。最初はローラー式の手絞り機がついた洗濯機でしたが、 70年代に入るとドラム回転式の脱水機が開発され、ついで、洗濯と脱水が一層式ドラムの全自動洗濯機が登場します。 2000年代に入る頃には衣類乾燥機が開発され、洗濯・濯ぎ・脱水・乾燥の一連の仕事をプログラムした全自動機が普及し始めました。 さらに、全自動洗濯機は、留守中の予約洗濯や深夜にも洗濯できる静音洗濯機などの開発へと進みます。洗濯機の登場を追いかけるように、 レトルト食品や電子レンジが普及し、主婦の炊事のスタイルを大きく変化させます。今では、こうした主婦労働(家事)に関する商品の開発は、 ロボット化した掃除機・お風呂・洗濯機の予約システム、更にインターネットを使ったリモート操作などのように無人化システムに至るまで発展しました。
実は、このように洗濯機の進歩は、洗濯という労働を軽減し簡易化するという最小化の方へ向いていることがわかります。 つまり、洗濯機は洗濯が要らないライフスタイルを求めて進歩しているのだと言えるのではないでしょうか。洗濯機の価値は洗濯を軽減すれば 軽減するほど高まります。しかし、究極の洗濯の軽減は「洗濯がいらない衣類の発明」です。そのとき洗濯機は役目を終え、洗濯というライフスタイル自体が消滅します。 -
発明は社会を進歩させる
洗濯機をはじめとした家事製品の進歩は、主婦の労働量や時間の軽減をし、女性を家事労働から解放する手助けをすることになります。 共稼ぎ時代を支え、女性の社会進出や婦人労働力の拡大をもたらし高度経済成長をささえます。結果としては女性の地位向上にも貢献しました。
このように洗濯機の進歩は、洗濯自体のライフスタイルを変えただけでなく、主婦や女性労働者のライフスタイルまで変えて、社会の発展に貢献しました。 -
発明はライフスタイルを生む
商品の発明は新しいライフスタイルを生み出すことがあります。
これは腹話術師のいっこく堂のネタですが、しゃべるセンサー機能がついた洗濯機に、いっこく堂がパンツを入れると、 「コレグライノ汚レナラ、モウ少シ着テクダサイ」と、洗濯機がしゃべるというコントがあります。「服を洗う」という大きなテーマの上に 「しゃべるセンサー」という付加価値をつけると「ロボット洗濯機」のようなテーマが生まれ、 新しいライフスタイルを生み出すことがあります。
洗濯機ができた当初のテーマは「機械で服を洗う」ことでしたが、この発明は「主婦労働を軽減する」という大きなテーマを得て次々と発展していきました。 乾燥機という付加価値を乗せると、サザエさんの家の物干し場が消え始めます。都心のマンションではベランダでさえ洗濯物を干せなくなりました。 さらに全自動洗濯機という付加価値が登場する頃には、洗濯はもはや主婦でなければならないという家事労働ではなくなり、 単身者や共稼ぎ世帯のライフスタイルを支える重要なアイテムになりました。 -
開発は悪魔と天使の闘い
改良が積み重ねられ商品が成熟すると、商品は課題を見失い迷いはじめます。商品のテーマが崩壊し、 新たな価値、新しいテーマの誕生へ飛躍します。
ノーベルが発明したダイナマイトは「安全で大量な爆破」が開発のテーマだったのだと思います。これが鉱山の採掘など産業の道具として世界に広がります。 しかし、違う価値が新たに生まれ、皮肉にも「大量に人の命を奪う」というテーマを得て、戦争の為の殺人と破壊の道具になりました。 私の知る会社は戦時中は零戦の風防を造っていたので「二度と軍需産業に加担しない」ということを社是にして平和産業のための開発をめざすと言っていました。 戦争は国家の責任かも知れませんが、企業や開発者は、このような失敗を予見して防ぐ責任があると私も考えます。ライフスタイルの変化もそうです。 自分の商品が人々の生活をどんな風に変えるのか。それが人々にとって幸せなのか不幸なのか、安全なのか危険なのか。
人の意志が働かない商品は一人歩きを始めます。商品は自分自身の寿命を延命しようと販路を求めてさ迷い始めます。 時には人の命や人権を踏みにじっても自らの存在を護ろうとします。原子力発電(以下原発)は誕生した瞬間から、廃炉にしなければならない必然性を秘めていました。 しかし、原発は巨大な利益をむさぼるために安全性をうそぶき、金をばらまき、原発拡散に都合の良い世論作りに走りました。 -
責任と意志力
企業の目的は利益を生む事ではありません。確かに、利益は私たちの仕事の評価になることができます。 また、目的の実現のためには資金が必要ですが、それは目的を達成させるための道具にすぎません。企業は社会に働きかけて、 社会から評価を受けることで存続していけます。だから、企業は社会的存在です。企業が存在する意義や企業活動の目的は、 社会や文化の発展に貢献することです。それは人々の幸福な未来への道を進むことだと私は考えています。
企業が目的を見失うと、利益は自己の増殖の為に一人歩きし始め、やがて、その企業や研究者を儲けの奴隷にします。 この一人歩きを止めるには人の意志が必要です。人々の幸福や安全を願う企業や開発者の責任と意志が必要なのだと思います。