アーツブレインズ

THOUGHT

開発者の想い

【第5回 「開発は自己否定」。】

商品の開発とは、自分の商品を否定し新しい価値を生み、未来を創造することです。

  • 商品の二面性を見抜く

    商品には、衰退的要素と発展的要素が混在しています。 必要がなくなり消えていく要素と、発展し変化しながら将来に受け継がれていく要素という二つの側面があります。 商品の未来を知るためには、この二面性を理解することが重要です。
    再び洗濯機の開発に目を向けてみましょう。初期に開発されたローラー式の絞り機の説明をもう少しすると、『洗濯槽から濡れた洗濯物を取り出し、 二本のローラーの間に挟んで、ローラーを手動で回して水気を搾り取る』というものです。絞った洗濯物は洗濯カゴの中に落ちるようになっています。 このアイディアは、絞りにくい洗濯物をローラーという機械で絞りやすくしたものですが、実際には脱水能力が低く手間もかかるし、 ボタンが千切れたり洗濯物が痛んで破れたりするという難点がありました。次に登場する回転ドラム式脱水機はローラー式絞り機の能力を画期的に改善しました。 電動なので人が付ききりで作業する必要がなくなり、脱水力も向上し衣類も傷めません。こうして、ローラー式の絞り機は必要なくなって消えていきます。 一方このドラム式脱水機のアイディアは、それまでのプロペラ水流式洗濯機を衰退させることになります。回転ドラム式洗濯機の登場です。
    回転ドラム式を採用した洗濯機は次のステップを登り、洗濯槽と脱水槽と同槽化して1つになります。洗濯物の移し替えの手間が省け、 予約タイマーのついた自動洗濯機へと発展していきます。今日では、回転ドラム式は更なる発展を遂げ、洗濯機と脱水機、 さらに乾燥機を1つの同一槽で合体させて「全自動洗濯機」を誕生させることになりました。

  • 開発は商品のテーマも発展させる

     洗濯機は「洗濯の機糧化」をテーマに開発がはじまり、「脱水機付き」「乾燥器付き」「全自動」と変化して発展します。
    洗濯から乾燥までの全行程が自動化した次には、それを「いつ・誰が・何処でやるか」というテーマを得て多様化し始めます。 「夜中に・単身者が・アパートで」「留守中に・サラリーマンが・マンションで」といった想定の開発がされ、「静音洗濯」や「予約システム」、 「インターネット操作」などの新たなアイディアが生まれていきます。
    さてこの先、洗濯機のテーマはどこまで変わっていくのでしょうか。改良開発が積み重なるにつれ、課題が見えなくなってくることがあります。 すると、本来の洗濯機の価値とは別物の価値を付け加えた付加価値競争で生き残ろうとし始めます。例えば、いっこく堂の「しゃべる洗濯機」に、 更に「お天気お姉さん」が付いて「今日はお天気だから外に干しましょう」とか、しゃべるのかも知れません。 他方では、技術の進歩で、水や洗剤を使わない超音波洗濯機や光洗濯機とかを実現する時代になり、洗濯機の箱物の用途価値を洋服ダンスの ようなものに変えてしまうかも知れません。
    「洗濯の要らない服」というテーマが実現する前に、衣類の飛躍的な大量生産時代がやってきて、服は全て使い捨てするので、 誰も洗濯などしない世の中になるかも知れません。
    技術の進歩と女性の社会進出が進むにつれて、洗濯機の開発テーマは変化し発展してきました。「いつ・誰が・何処でやるか」」というテーマでさえ、 やがて古くなり変わっていきます。なぜなら「いつ・誰が・何処でやるか」というテーマは「いつも・誰も・やらない」という次のテーマを予感させていいるからです。 つまり、これこそが洗濯機のイノベーションであり、「洗濯のいらない衣類の発明」にいたる道だと、私は考えています。

  • 自己否定から始まる開発

    1つの商品の発展は、時代のライフスタイルまでも変え、1つの産業を終わらせてしまうようなことも起きます。 例えば、コンピューターの発展が写真フィルムの需要を一挙に吹き飛ばします。「写真フィルムを売り、さらに印画紙を売って稼ぐ。 この“1粒で2度おいしい”ビジネスモデル」(週間ダイヤモンド記事)と言われたある米国の会社が、2012年1月経営破綻しました。 写真フィルム無用のデジタル写真時代になって幕引きを余儀なくされたのです。同様に、日本でもデジタル化の波は写真フィルム業界に襲いかかりますが、 富士フイルムは前述とは違いました。急激に進む写真フィルム市場の縮小を覚悟し、写真フィルムの開発で培った(1)コラーゲン技術、(2)写真の色あせ防止 のための抗酸化技術、(3)独自のナノテクノロジー、(4)光解析・コントロール技術などを自社の商品技術の発展的要素と捉え、化粧品や医薬品という分野に 技術を応用して見事に変身しました。どんな産業でも、ある商品の発展やライフスタイルの変化が、自社の商品市場を消滅させるときが必ずやってきます。 どんな企業であれ、自社の商品を自ら否定して生まれ変わらなければならない時が必ずきます。「洗濯機の開発は洗濯のいらない衣類の発明に向かう」ということです。
    商品開発はジンテーゼだいう言い方もありますが、常に自分の開発した商品を否定し、次の価値を創造しようという行為だと私は思ってきました。 他社の技術を模倣したり、いたずらに商品の寿命やマーケットを延命させようとする行為ではありません。開発は未来を創造します。 開発競争は熾烈ですから、他社が自社の商品を追い越して開発に成功することはよくあることです。自分の商品の否定を他社に先に越されたときは、 とても悔しさが残るに違いないでしょうが、それでもこれを受け入れ、もっと前に進まなければなりません。
    当社の商品を否定して、新しい商品の価値を開発するのは、たえず当社自身でありたいと願っています。

  1. 01.流行をつくった少女のこと。
  2. 02.2つのふたえメイクと第3の道。
  3. 03.売れない企画。
  4. 04.「ライフスタイルを変える力」。
  5. 05.「開発は自己否定」。
  6. 06.開発は未来を創る