THOUGHT
開発者の想い
【美への探求 vol.10】
“前に向いてついた眼”
原始動物の進化の過程を観察すると、最初に捕食のための口ができ、その周りに鼻や耳、
眼といった捕食を補助する知覚センサーが集まっていきます。 そして、その神経器官が脳へと発達します。
やがて脳を保護するために頭蓋骨が覆い、こうして私たち動物の頭と顔が誕生していきました。
草食動物は肉食獣から身を護るために、周囲を360度見渡せる広い視野(単眼視野範囲)を確保する必要があり、そのために左右の眼が横についています。
他方、狩りをする肉食動物は獲物との正確な距離をつかむことのできる眼(二眼で一点に焦点を合わせる立体視野)の必要性から、眼がだんだん前向きにつくようになりました。
犬の眼は狼の眼より前を向いてついています。
人類の歴史上最も古く家畜化された犬(狩りのパートナーとして)は、 人間とのコミュニケーション(顔の表情や動作を観察する)の為に、いつも飼い主の顔を見つめ、
そのために眼がだんだん前向きにつくようになった(立体視野の範囲が拡がったが 焦点距離は2m~3mと短い)という話があります。
ヒト属もまた、「前に向いてついた眼」の動物へと進化しましたが、それはライオンのように狩りをする為ではなく、手による多彩で複雑な仕事や子育てをすることによって進化し、
対象物との正確な距離感や立体感などを得る為のものでした。
また、集団による狩りや生活コミュニケーションの必要性が高まるにつれて、お互いの感情や考えを理解しあう必要が高まっていきます。
「前に向いてついた眼」は、お互いを観察し見つめ合い感情を読み取り、伝え合う為のコミュニケーションの手段として役に立つことになりました。
例えば、狩りの獲物を見つけた合図には目配せをし、互いに息を忍ばせます。涙は悲しみや苦しみを伝え、眉や眉間の動きは怒りや同情を伝えます。
母親の眼差しは赤ん坊の脳を育て、恋人たちの眼は愛を囁きます。ヒトは前を向いて眼と眼を見つめ合い、互いの顔の表情を読み取り、更に相手の心を想像し、
互いに思いやる心を学んでいきました。 眼の動きや顔の表情は、怒りや悲しみ、喜びや愛情を伝える表現手段としてとても役立ちました。
草食動物では声の合図が、雌を呼び寄せたり危険を仲間に知らせたりしていました。ヒト属も最初はそうであったに違いありません。 しかし、直立歩行が喉の骨格構造を変化させたため、複雑な声を出すことが可能になり言語能力の条件を整えています。 脳に言語野が発達すると、 言葉によるコミュニケーションは、より高度な社会性を育て、言葉を使って過去の経験や未来の目的について情報を共有できるようになります。 眼や眉間の表現が合図や感情の伝達を担ったのに加え、言葉は演算的で経験的な情報交換の役割を果たすようになり、口は獲物に噛みついて射止めるためのものでは無く、 表現手段としても顔の大切なパーツの一つになりました。
こうして、「ヒトにとって顔は特別な役割をもつ」ものになったのです。
text:野尻英行